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2010年02月 アーカイブ

2010年02月01日

左義長の起源

『弁内侍日記』建長3年正月16日、『徒然草』にみえるから、鎌倉時代にはおこなわれていたらしい。起源は諸説あるが、有力なものは平安時代の宮中行事に求めるもの。小正月(正月十五日)、平安時代の宮中で、清涼殿の東庭で青竹を束ねて立て毬杖三本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡いはやしながらこれを焼いたという行事があり、その年の吉凶などを占ったとされる。すなわち、山科家などから進献された葉竹を束ねたものを清涼殿東庭にたて、そのうえに扇子、短冊、天皇の吉書などを結び付け、陰陽師に謡い囃して焼かせ、天覧に供された。『故実拾要』によれば、まず烏帽子、素襖を着た陰陽師大黒が庭の中央に立って囃をし、ついで上下を着た大黒2人が笹の枝に白紙を切り下げたのを持ち、立ち向かって囃をし、ついで鬼の面をかぶった童子1人が金銀で左巻に画いた短い棒を持って舞い、ついで面をかぶり赤い頭をかぶった童子2人が大鼓を持って舞い、ついで金の立烏帽子に大口を着て小さい鞨鼓を前に懸け、打ち鳴らしながら舞い、また半上下を着たものが笛、小鼓で打ち囃す。毬杖(ぎっちょう)三本を結ぶことから「三毬杖(さぎちょう)」と呼ばれた。

これが民間に伝わり、現在の形になったとされる。どうして現在一般的な「左義長」という字があてられたのは、不明である。

国民の祝日の成人の日が1月15日から1月の第2月曜日に変更されたことに伴い、地域によっては左義長を1月の第2日曜日または第2月曜日に実施するところもある。滋賀県近江八幡市の左義長まつりは3月14・15日に近い土日曜日に、担ぎ手の男性が信長の故事によって仮装し「チョウヤレ、マッセマッセ」のかけ声高く実施される。この左義長は据え置く左義長ではなく、三角錐の松明に『ダシ』と言われるその年の干支にちなんだ飾り物(五穀等で飾り付ける)を付け、松明の頭に『十二月』と言われる赤い短冊をつけた5?6mの竹を差して担ぎまわる祭礼である。最終日の夜には担ぎ棒を除いて全て燃やしてしまう。国選択無形民俗文化財に選択されている。

福井県勝山市の勝山左義長は毎年2月最終土日に行われており300年以上前から続いている。色とりどりの長襦袢を着て太鼓を打ち浮かれ踊る。「勝山左義長ばやし」と呼ばれ「浮き太鼓」が特徴

岐阜県海津市の「今尾の左義長」も県重要無形民俗文化財に指定され毎年2月11日に盛大に行われている。鼓型の青竹神輿は全て竹と縄で作られ飾り物も色あざやかで全長約5メートル重さ約2トンの吊り神輿としては全国唯一で13基の神輿が各町内から秋葉神社まで練り歩き奉納されます。また、夜になれば秋葉神社に参拝し残り火で餅を焼き、これを食すれば病魔除けになると言われている。


『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
千葉では「あわんとり」と言うようです。知らなかったぁ。


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